「……ん?」 朝6時。いつもよりも30分以上早く零児は目を覚ます。 「我ながら珍しいこともあるものだな」 もぞもぞと布団から起き上がり、着替えをして1階を目指す。恐らくまだ誰も起きていないだろう。 そう思っていた零児は食堂にて思いもよらぬ人物の姿を目にした。 「アーネスカ……」 零児は普段6時半から7時の間で起きている。別に全ての人間が自分と同じ時間に起きているわけではないから、誰が起きていても不思議ではない。しかし、アーネスカがこんなにも早い時間に起きていることに関しては不思議に感じた。 「あ、零児……」 アーネスカは零児の姿を見つけると同時に、鋭い目つきで睨んだ。どうやらまだ零児に対して不機嫌な感情を抱いているようだ。 「もういい加減喧嘩はやめようぜ……」 言いながら零児はアーネスカの真向かいに座る。 「? どういうことよ?」 「どうもこうも。お前も疲れるだろう。いつまでも、んなつんつんしてるとさ」 「別に疲れやしないわよ……」 アーネスカは意地を張る。 「男よってこねぇぞ」 「あんたに言われたかないわよ!」 「だぁから少し落ち着けって。軽い朝の冗談さ。それより、散歩でも行かないか? 朝の空気吸ってくると気分も落ち着くだろうぜ」 「遠慮しておくわ」 アーネスカはきっぱりと断った。見事な拒絶ぶりに、零児は軽く引いた。アーネスカの中では続いているのだろう。零児との喧嘩は。 「ふん! 牙の抜けた狼なんて情けないわね」 「もういい……」 こういう人間は謝らない限り素直にならない生き物だ。だが、別にどちらかが悪いと言うわけでもない。ただ、売り言葉に買い言葉でなし崩し的に喧嘩になってしまっただけなのだ。 それに零児にだってプライドはある。ヘコヘコ謝ってこの場を収めようとは思わない。零児はどちらが謝る謝らないという問題はおいておいて、とりあえず仲直りをしようと思って言ったのだ。 しかし、こう徹底的に拒絶されると、流石に仲直りしようという気さえ起きない。 「俺、散歩に行ってくるな」 「ご自由に」 「…………」 どことなく威圧的な口調で言い捨てられ、釈然としないまま零児は宿屋から散歩に出かけた。 「うわ〜凄い人だね〜」 ちょっとばかし能天気な火乃木の物言いに零児は安らぎに近い何かを感じながら言葉を返した。 「腕に覚えのあるアスクレーター達がいるな。これだけいりゃ、蛇退治なんて簡単かもしれないな」 ここはトレテスタ山脈前の広大な湿地地帯。 そして、この日はこの広大な湿地地帯に生息する大蛇討伐の日だ。 時間は午前8時半。空は晴れ渡り、雲1つない。 巨大生物を退治するには絶好ともいえる気候だった。 「すごぉい……」 まるでお祭りでも始まるかのような人の数にシャロンも驚嘆する。 どれくらいの人間がこの湿地地帯前に集まっているのかは分からないが、恐らく数百人規模になっているに違いない。 「ここにいるのは蛇退治の賞金が目的なのか、それともジルコン・ナイトの地位が目当てなのか……」 「え? アーネスカ。それどういうこと?」 まったく聞き覚えのない情報にネレスが反応する。今回の大蛇討伐でルーセリア王のおめがねに適った人間はジルコン・ナイトにスカウトされると言う話だ。 しかし、この中でそれを知っているのは火乃木とアーネスカの2人だけだった。 アーネスカは簡潔にネレスにそのことを伝えた。 「ジルコン・ナイトになることが出来れば、王宮で暮らすことも出来るし、お金だって入るわ。その分自分の身を犠牲に晒すような仕事が多いでしょうけど、地位と名誉、お金の3拍子が手に入るわけだから、目指そうって人も多いでしょうね」 「なるほどね。だけどたった2つしかない枠をこれだけの人間で争うっていうのは凄いことだよね」 「選定するルーセリア王の方は大変だと思うけどね。お、噂をすれば……」 アーネスカがネレスとの会話を切り、ある方向に視線を向ける。その視線の先から馬に乗った騎士達がこちらに向かってやってきていた。 ジルコン・ナイトの面々、そしてルーセリア王だ。見た感じ20人前後。先頭にはルーセリア王らしき筋骨隆々な男ともう1人、金髪のロングヘアーの女性が並んでいて、その後ろにジルコン・ナイトの面々が続くと言った感じだ。全員甲冑に身を包んでいる。 「ルーセリア王の横の女性は王女か?」 「そうみたいだね。けど、親子揃ってくるようなところじゃないと思うんだけどなぁ」 いいながら、ネレスは首を数十度横に傾ける。疑問を示すジェスチャーなのだろう。 「同感だ」 「士気高揚のためでしょ。そりゃ」 零児とネレスの会話にアーネスカが加わる。 「やっぱさ、むさいおっさんより、綺麗で可愛い娘の方が男ばかりのこの場面では重要ってことなんでしょ」 「おめぇ、発想がオヤジだよ……」 「うるさい!」 「綺麗な人だね〜。ボクもあんな風になれるかな〜」 が、零児とアーネスカのやり取りをよそに、火乃木は羨望《せんぼう》の眼差しで王女を見つめていた。 零児と旅に出る前、火乃木はヒラヒラが嫌だという理由からスカートの類は一切履かなかったのだが、本人は煌《きら》びやかな服装そのものに対してはある種の憧れを抱いているのだ。 「無理だな。無理。うん無理だ」 「無理無理言うな!」 零児の突っ込みに即座に反応して、火乃木はすぐさま王女に視線を戻した。 やがてルーセリア王と王女、さらにそれに追従する騎士達は馬を止める。 ルーセリア王は腰から魔術師の杖を取り出し、小声で一言魔術を発動した。 その直後。その場にいた多くの人間が耳を塞いだ。見ると彼の横に一緒に走っていた王女もその後ろを走っていたジルコン・ナイトの面々も耳を塞いでいる。 アーネスカやネレスもそうだ。 「? ……?」 「みんな……なんで耳塞いでるのかな?」 「……?」 が、その直後その意味を理解することになった。 『諸君!! 我が声が轟いているだろうか!!』 ルーセリア王の巨大な声がその場にいた人間の鼓膜を打ち破らんと響き渡った。 あまりにも凄まじい声量である。その声量は小動物くらいなら確実に殺せるだけの殺傷能力を誇っているに違いない。そういい切れるくらいその声は大きかった。 「うわぁ〜耳が痛い〜!」 「なんつ〜はた迷惑……!」 「……!!」 ルーセリア王は魔術によって自らの声を大きくしている。しかも加減と言うのを知らないため、可能な限りの最大声量で発動する。そのため普通に声を出しても十分な声がさらに大きくなりすぎてみんな耳を塞がなければ鼓膜が破れかねないのだ。 ――この声だけで蛇殺せるんじゃねぇのか!? 本気で零児は思った。この声そのものが凶器になるのではないかと。いや絶対なる! 確実になる! ドラゴンや恐竜の類でさえあの王様の前ではきっと声1つで殺せるに違いない! 失礼極まりないことではあるが、ルーセリア王に対する第一印象はどの人間もきっとこんな風になるに違いない。 『我が名は、アルゴース・ランベルカ・ルーセリアである!! 今回の大蛇討伐のため、これだけ多くの人間に集まってもらったこと、我は嬉しく思う!! その勇気に経緯を評し、大蛇討伐の際、もっとも優秀な戦士、または魔術師と判断した人間は、我が魔装騎士団、ジルコン・ナイトに迎え入れようと思う。みな存分にその力を振るい、この広大な湿地地帯に存在する大蛇を叩き潰してもらいたい!!』 要点だけあっさり掻い摘んで説明し、ルーセリア王は自らの声を大きくした魔術を今度は王女に発動する。 その途端、全員が耳から手を離した。 『皆さん。私《わたくし》の名はクレセリス・ランベルカ・ルーセリアと申します。これより、私《わたくし》から今回の大蛇討伐の概要、説明をさせていただきます』 王女はアルゴース王と違い極めて普通で物静かな口調で話す。 『まず、この広大な湿地地帯は巨大な大蛇によって占領されていると言ってほぼ間違いない状態です。2週間ほど前から突如として表れ、ルーセリアからトレテスタ山脈へ向かうもの。または、トレテスタ山脈からルーセリアへやってきた人間を見境なく食らい、ルーセリアとエルノク国は流通経路が潰れ、経済状況も悪くなっていく一方でした』 「ネル。そこまで深刻な問題なのか?」 クレセリス王女の話をそこまで聞いて、零児は疑問を抱きネレスに小声で話しかける。 「まあね。ルーセリアとエルノク国の流通は、船を使ってか、ここを通るかのどちらかでしかないからね。しかも船を使った場合船賃がかかるって言う理由と税関チェックで時間を取られることから、トレテスタ山脈を越えての流通が一般的なの」 「なるほどね」 クレセリス王女の話はなおも続く。 『今回の大蛇討伐には我が国の経済状態の回復、エルノク国との流通経路復活と言う重要な要素が含まれています。皆さん。どうか私《わたくし》達に力をお貸しください』 『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』 クレセリス王女のその言葉は僅かな悲痛と懇願が篭《こも》ったものだった。その王女の姿に胸打たれた多くの男達が一斉に咆哮をあげた。 『それでは、これより作戦の概要を説明します』 その後クレセリス王女によって作戦の概要が説明された。 まず氷系の魔術を使うことの出来る魔術師によって魔術師部隊を組み、一斉に湿地地帯を氷付けにしていき、大蛇を炙《あぶ》り出す。その後現れた大蛇に対して、殺傷能力の高い魔術を使うことの出来る人間が中・遠距離から攻撃。 その攻撃により移動能力、攻撃能力が低下したところを、接近戦用の部隊が一気に進行。大蛇の全身を滅多刺しにして短時間で止めを刺すと言うものだ。この部隊には大蛇の生死確認と言う重要な仕事もある。 で、零児、アーネスカ、ネレスの3人は最後の接近戦。火乃木とシャロンは中・遠距離からの攻撃で大蛇を弱らせる中・遠距離戦の部隊で戦うことになった。 アーネスカも中・遠距離タイプなのかと思ったのだが、アーネスカの魔術弾には接近戦で威力を発揮するものもあるらしく、中・遠距離での戦闘は辞退し近距離戦での部隊に志願した。 配置は第一の氷系統の魔術を使う人間と、魔術による攻撃部隊は湿地地帯に入らないが、接近戦を行う部隊は全員予め湿地地帯に入っている状態になる。 どこから現れても対処が可能なように、どの部隊も広く配置してある。 零児達は既に湿地地帯に足を踏み入れていた。 なお、本作戦において、ターゲットである大蛇のことをヘビー・ボアと呼称することになった。 「この戦いが終わったら靴を乾かさないとな」 「そうだね〜。流石に濡れた靴で山越えはしたくないからね」 「同感だわ。それに服だって洗濯しないと」 零児とネレスとアーネスカは口々に思ったことを口にした。 「そういや、アーネスカ。あのスライム退治の時に使った銃。あれ使えば結構簡単にけりつくんじゃねぇか?」 「バレルレイのこと? 残念だけど、あれならとっくにガラクタよ」 「ガラクタ?」 「あの戦いで1発撃っただけで銃身が歪んじゃったのよ。おまけに中の方も金属疲労による損傷がひどいから、バラして捨てたわ」 「あっそ……」 ――それにしても……。 零児はエストの町で再会した進のことを考えていた。 ――結局、あの人は間に合わなかったな……。 進は零児にとって剣の師匠であり、仕事の合間を縫っては話し相手にもなってくれたよき相談相手だった。別に進に寄りかかるつもりもなかったが、何かと頼りになる人だからいてくれたらよかったと思ったのだ。 それにこの作戦。 ――何か……重大な欠点があるような気がする……。 零児は一抹の不安を感じた。なぜかはわからないが、この作戦には大事なことを見落としているような気がしてならないのだ。 『それでは、作戦を開始します!』 そのとき、クレセリス王女の声が響き、作戦は開始された。 大量の魔術が零児達の上を通過していく。 魔術師の杖で作り出した魔術だったり、オリジナルで作った氷系統の魔術だったりその種類は千差万別だが、その大量の魔術は確実に広大な湿地地帯を氷付けにしていく。 中にはサークル系魔術によって一気に広範囲を氷付けにする上級魔術師もいるようだった。 所々が氷付けにされその冷気は零児達にも伝わってきた。 「流石に数百人と集まれば氷付けになっていくスピードも早いな」 「そりゃこれだけいるんだもん。早いよ」 「…………」 ――ん? 会話となれば確実に入ってくるはずのアーネスカが、なぜか無言だった。それを疑問に思い零児はアーネスカに目を向けた。 「ア、アーネスカ……?」 「え? な、なによ……」 「凄い汗じゃねぇか! 具合悪いのか!?」 心配になって声をかける。憎まれ口ばかり叩かれたり、一方的に喧嘩腰になってきたりと悪い思い出もあったが、やはり仲間だから心配にはなる。 「べ、別に平気よ……。こんなの……」 「い、いや平気には見えないぞ?」 「クロガネ君……いいの。ただの緊張だから」 諭すようにネレスが言う。その瞳には慈愛にも似た優しさがあった。 「緊張?」 「そ。だから今は気にしないであげて。アーネスカは自分と戦ってるから」 「……」 なんだかよく分からないが、ネレスの言葉に納得することにした。意地っ張りなアーネスカのことだ。きっと零児がどのように声をかけても答えてはくれまい。そう判断したのだ。 「……無理すんなよ」 「うるさいわよ。集中しなさい」 「……」 今のアーネスカは精一杯虚勢を張っているようにしか見えない。一体何があったというのか? その答えは零児にはわからない。 「クロガネ君見て!」 「ん? あれか……ヘビー・ボアってのは」 凍りついた湿地地帯。その冷たさに耐えかねてか、ヘビー・ボアがその姿を現した。零児達がいる場所からはかなり離れているが、その大きさは大蛇などと言うものではなかった。 大きさはまさにクジラの如く、横に太く、縦にはとてつもなく長い。一体どれくらいの大きさとなるのか、想像することすら困難なほどの大きさだ。 そして、このヘビー・ボアが現れた段階で、作戦は第2段階へ突入する。 今まで氷系魔術ばかりが飛び交っていたのだが、この段階になって飛び交う魔術はひたすら殺傷能力を極めた攻撃的な魔術ばかりになっていった。 炎系魔術による爆発、雷《いかずち》系魔術による電撃などが主な攻撃手段になっていった。 中には引き続き氷系の魔術を使い、氷によって生み出された槍を突き刺すと言った攻撃方を行う者もいた。 一見作戦は順調に見えた。しかし、次の瞬間、ヘビー・ボアはまったく予想のつかない攻撃を繰り出してきた。 驚くべきことにヘビー・ボアが咆哮をあげていた口よりさらに下、顎の真下に当たる部分からもう1つの口が現れたのだ。 「口が2つだと!?」 「なんかやばくない?」 次の瞬間開いた2つ目の口から凄まじい勢いで大量の液体が発射された。まるでレーザーブレスのようにまっすぐ伸びきった大量の液体は零児達のいる湿地地帯よりさらに上の部分をなぎ払っていった。 そして、湿地地帯より上にいた魔術師達の悲鳴、絶叫、苦悶の声が阿鼻叫喚となってあたりに響き渡った。 「…………マジかよ」 零児が絶句する。まだヘビー・ボアとの距離は数百メートルはある。もし至近距離で食らえば、その液体が毒液だろうがただの唾液だろうが人間の体なんて水圧で潰されてしまう! 零児の不安は的中した。この作戦の欠点は相手が飛び道具を使ってこないことを前提にしたものであるということなのだ。 相手が飛び道具を持っているならば破壊力が上なヘビー・ボアの方がはるかに有利なのだ。 ――そりゃ蛇が飛び道具使ってくるなんて誰も予想できねぇだろうけどよぉ……! 心の中で零児は愚痴を零した。 「ど、どうする? クロガネ君!」 零児はすぐさま決断を下した。 「上の連中の攻撃にはもう頼らないほうがいいだろう。作戦とは違うが、ここからはこっちから打って出るべきだ! あんなもん至近距離で食らったら即死だろうけど、ここにいたって重症を負う事は間違いない。俺は行くぜ!」 「OK付き合うよ!」 「ありがたい!」 「あたしも行くわよ……!」 「アーネスカ……」 アーネスカは先ほどよりもさらに大量の脂汗を浮かべている。正直戦力にならないのではないかと思った。 「アーネスカ悪いことは言わない! ここに残って上の連中の手当てを……」 「大丈夫だって言ってるでしょ! あたしも行くわよ!!」 零児はまたも言葉を失う。アーネスカがここまで激昂するなど思わなかったからだ。 「け、けどお前、そんな状態じゃ……」 「いいから!!」 アーネスカは零児の言葉をきかずにヘビー・ボアの元へ向かった。 「あ、おい! アーネスカ!」 零児とネレスは急いでその後を追った。 「ったくあんな攻撃があるなんてな……こりゃ作戦は中止か?」 その頃。零児達とはまったく別の場所にいたリーオがそう呟いた。 「あんたはどう思う?」 自分と同じように、ヘビー・ボア討伐作戦の接近戦部隊のうちの1人に声をかける。ボロボロの布をマントにし、右頬に赤い縦長のアザがある黒髪の男だ。名前も知らない相手ではあるが、こういうときは仲間なのだから相手も普通に返してくるであろうと思ったのだ。 「さあな……。ただ、あれだけ離れているところからレーザーブレスみたいな液体の照射。端《はな》から接近戦でないと勝ち目がないんじゃねぇかと思うよ……」 「まったくだぜ……。遠距離からちまちま攻撃ってのはあれにはきかねぇんじゃねぇかな」 そのとき。 『おい! そこの3人! どこへ行く! 作戦は一時中断だ! 戻れ!』 本作戦の指揮を取っていたジルコン・ナイトの1人が自らヘビー・ボアに向かっていく人間を発見し、呼び戻そうとする。 「誰だ……こんな状況であんなのに向かっていくバカは……」 リーオは所持していた双眼鏡でその3人の人間を見る。 「あ、あいつら……!」 それは、零児とネレス、アーネスカの3人だった。 「クロガネの奴……手柄を独り占めにするつもりか!」 リーオのその言葉にその近くにいた人間も反応した。 「手柄を独り占めだと!?」 「それほど自信があるってことか!」 「感心してる場合じゃねぇ! 俺達だってアレを倒すために来てるんだ!」 「そうだ! たった3人に任しておけるか! 俺は行くぜ!」 零児達同様、自らヘビー・ボアへと向かっていく人間達が名乗りを上げていく。 それに便乗し、リーオはチャンスとばかりに笑った。 ――こいつらを囮にすれば……俺にもチャンスが……! 「あんたはどうする?」 さっき話しかけた男に対してリーオは再び声をかける。もちろん、ヘビー・ボアに立ち向かうかどうかと言うことだ。 「俺はいい……」 「そうかい。じゃあ手柄はいただくぜ!」 「好きにしろ……」 「じゃあ、俺は行くぜ!」 リーオ含めその場にいた男達はみな我先にとヘビー・ボアへと向かっていった。 「先に行くぜ! 進速弾破《しんそくだんぱ》!」 自らの靴に魔力を込め、零児は拘束移動魔術で一気に加速する。無論最初の加速に一瞬使うだけですぐに解除する。 零児は単独でヘビー・ボアに接近していく。 『シャアアアアアアアアアアアアアアアア!!』 その途端、ヘビー・ボアは湿地地帯を這い、零児目掛けて移動を始めた。 「チッ!」 零児はヘビー・ボアの接近に気づき回避運動の準備をする。そして、その巨体を紙一重で交わし、魔術剣、マジック・ダスト・ブレードを鞘から抜いた。 「食らええええええ!!」 叫びつつ、剣に魔力を込める。その瞬間刀身から電撃が発生した。ヘビー・ボアの胴体目掛けて零児はその刃を突き立てる。 その攻撃は浅くとも確実にヘビー・ボアにダメージを与えた。 その証拠に、ドロリとした赤い液体が傷口から溢れ出てきていた。 しかし、この程度の出血はヘビー・ボアにとって大したことないかもしれない。 すれ違ってしまったため、今ヘビー・ボアは零児の後方にいた。零児はその後を追う。 その頃、ネレスとアーネスカはその場で立ち止まり、ヘビー・ボア目掛けて攻撃を開始していた。 アーネスカは回転式拳銃《リボルバー》による魔術弾での攻撃、ネレスは風属性の拳による遠距離攻撃だ。 「うおおおおおおおおお!!」 普段から冷静なアーネスカには似つかわしくないほどの咆哮を上げ、アーネスカは両手の回転式拳銃《リボルバー》に込められた魔術弾を発射していく。魔術弾は氷系であり、着弾した瞬間対象を氷付けにする力を持っている。 爆発系魔術ではダメージが低いとみて動きを封じようと言う考えだ。 湿地地帯を這って移動していたヘビー・ボアの口や鼻に着弾し、ヘビー・ボアは氷つく自らの顔に痛みにも近い冷たさを感じたのだろう。それを回避するために這って移動することをやめ、その体を縦にする。 アーネスカの回転式拳銃《リボルバー》は基本的に6発しか弾倉がない。両手の2丁拳銃状態で12発が限界だ。弾が切れたら当然補充をしなくてはならない。そして今がそのときだった。 「ネル!」 「オッケー!」 次の瞬間。 「ストーム・スピア・ラッシュ!!」 凄まじいスピードの拳打がヘビー・ボアの顔面目掛けて放たれる。それによって発生する風の拳。その一発一発は槍のようにヘビー・ボアに突き刺さり、ダメージを確実に蓄積させていく。 『シャアアアアアアアアアアアアアア!!』 ヘビー・ボアが咆哮を上げる。そして、縦にしていた体を前面に倒してきた。このままではアーネスカもネレスも踏み潰されてしまう。 「アーネスカよけて!」 「くっ……!」 2人は別々の方向に跳び、押しつぶされるのを回避した。そして、ヘビー・ボアはアーネスカの方に狙いを定める。 「ヒッ……こっち、見るんじゃないわよぉ!」 アーネスカはまさに蛇に睨まれた蛙《カエル》の如く、体を硬直させた。 「アーネスカ!!」 「2人とも無事か!?」 そこに零児が合流する。 「クロガネ君! アーネスカが!」 アーネスカがヘビー・ボアに睨みつけられている。零児はそれを一瞬で察し、自らの右手に魔力を込める。 「剣の弾倉《ソード・シリンダー》!!」 途端零児の右手から大量の剣が生み出され、ヘビー・ボアの鱗《うろこ》の合間に突き刺さっていく。 「散!」 そして、突き刺さった剣を爆発させ、ヘビー・ボアの後頭部辺りから大量に血が噴出した。 「どうだ!」 『シャアアアアアアアアアア!!』 次の瞬間、ヘビー・ボアが自らの体を思いっきり捻った。 「何!?」 その巨体に叩きつけられた零児とネレスの2人は大きくその場から吹き飛ばされる。 『うわああああッ!!』 2人揃って湿地地帯の上をすべり全身がずぶ濡れになる。かなりの距離を吹き飛ばされ2人とも全身を打ちつけた。 「無事かネル!?」 「なんとかね……!」 そのときだった。 零児達以外の魔術師達がかけつけてヘビー・ボアに対して思い思いに攻撃を開始した。 「食らえバケモノ! ボム・ブラスト!!」 「ドラコニス・ボルト!!」 「アイシクル・アロー!!」 それぞれバラバラに、まったく統一感のない魔術による攻撃。しかし、その戦術は逆に状況を悪化させる結果となった。 一部の人間が唱えた炎系、爆発系の魔術により、湿地地帯から大量の蒸気が噴出し、視界を遮ってしまったのだ。 「あの馬鹿どもが!!」 「クロガネ君!」 零児はネレスの言葉を聞かずして大急ぎでヘビー・ボアへ向かっていく。 零児は既に気づいていた。アーネスカは蛇が苦手であると言うことに。コテージ前でネレスに何か吹き込んでいたのは零児に対して蛇が苦手であることを言わないようにとのことだったし、今回ここにきて大量に汗をかいたのだって、苦手である蛇との戦いを恐れてのことに違いない。 少なくとも零児はそう考えていた。そして、そんな状態のアーネスカがこの蒸気にまみれた中で取り残されているとしたら危険極まりない! 「アーネスカァ! どこだぁ!?」 零児は必死にアーネスカの姿を探す。 「零児!? どこ!? どこにいるの!?」 アーネスカも必死に零児の姿を探していた。魔術師達が次々攻撃しているのは分かる。しかし、ヘビー・ボアが本格的に動き出せば、自分達もただではすまない。そして、蒸気によってヘビー・ボアの位置が特定できない状況はアーネスカを混乱させるには十分だった。 「もう! 蒸気邪魔! 誰よ炎系魔術使ってる奴! だから使わなかったのに!!」 苛立たしげに大声で愚痴を零す。そのとき……。 「ヒッ……! あ、足に……! イ、イヤアアアアアアアアアッ!!」 アーネスカの足に小さな蛇が絡み付いていた。それだけではない。アーネスカの体が底なし沼にでもはまったかのようにどんどん沈み始めた。 「アーネスカ!?」 アーネスカの悲鳴を聞きこえた。 零児は勘を頼りにアーネスカの声が聞こえたであろう方向へと向かった。 「アーネスカ!」 「れ、零児!」 アーネスカは安堵の笑みを浮かべて零児を見る。 「足に、足に蛇が……!」 「掴まれ……!」 その瞬間。 「サイクロン・ダガー!!」 誰かの放った魔術によって風が発生し、蒸気が一気に吹き飛ぶ。その魔術を発生させたのはリーオだった。 「チッ……蛇が邪魔だぜ!!」 リーオはアーネスカと零児の姿を見つけると、そのまま跳躍し、なんとアーネスカの背中を踏み台にしてヘビー・ボア目掛けて跳躍した。 結果、太もも辺りまで沈んでいたアーネスカの体は一気に腰の辺りまで沈むことになった。 「ヤアアアアァァァァアア!!」 「リーオてめぇ!!」 「れ、零児……助けて!」 「う……っ……くぅぅぅ……!!」 はらわたが煮えくり返りそうな怒りを押し殺して、零児はアーネスカの救出に力を注いだ。 「クロガネ君! アーネスカ!」 蒸気が晴れたためか、ネレスがすぐさま零児とアーネスカを見つけ駆けつける。 「ア、足がものすごい勢いで……引っ張られて……あ!」 その途端アーネスカの体が今までとは比べ物にならない力で地面に引きずり込まれていく。 「う、うわあああああああ!!」 「ネルウウウ!! 零児ィィィイ!!」 アーネスカの体を必死に引っ張っていた零児もアーネスカ共々湿地地帯に飲み込まれ、その姿を消した。 「う、嘘……そんな」 背後で行われている戦いの音すら聞き取れず、ネレスはその場で膝を突き、呆然としているしかなかった。 |
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